”仕事”を”志事”とか言っちゃう人は意識高い系よりもはるかに次元が低い

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こんにちわ。

 

皆さんのまわりで、こんな表現をされる方はいないですか。

仕事→志事
頑張る→顔晴る
x円→x縁

ぼくは使いませんが、フェイスブックとか見てると時々こういう漢字の使い方をされる方がいます。
パッと見てみるとなんかすごいポジティブに捉えた単語な感じしますね。
けど、ぼくから見たら、ただの格好つけにしか見えないんですよね。

 

 

漢字から見る言葉の意味


当たり前のことですが単語その物に何かしら意味があるように、その単語に充てられている漢字も意味があるから使われています。

 


仕事の場合


仕事という漢字について考えて見ます。
「仕」というのは「つかえる」ということなので、
仕事=こと(事)につかえる(仕える)となりますね。

仕えるとは

1. 目上の人のそばにいて、その人に奉仕する。「師に―・える」「父母に―・える」
2. 役所などの公的な機関につとめる。官職に就く。「宮中に―・える」
3. 神仏に奉仕する。「神に―・える身」

仕事っていうと、「やめたい」とか「苦痛」とか、結構マイナスなイメージを持たれる方も多いでしょう。

 


一方の、志事とは


続いて「志事」について。
「志」は「こころざす」と読みます。

志すとは
1.気持ちがそちらに向く。心の中で目標を定める。
2.好意・謝意などを表して物を贈る。
3.追善供養をする。
一般的には1番の「目標を定める」という意味合いで使われることが多いでしょう。
つまり、志事とは「こと(事)をこころざす(志す)」となり、
「目標決めました~、はい、おわりっ!」ということになります。
つまり、決定的な違いとして行動がないんですよ。「仕事」と違って。
巷でバカにされている「意識高い系」ですら行き当たりばったりでも行動に移していますからこんな単語を使う人は意識高い系にすらなれません。

まとめ


仕事、という単語がアレルギーになるくらい嫌なイメージを持たれる方もいるから「志事」と充て替えられたのでしょう。
けど、漢字の意味を見ていくと決してそうじゃないことが分かりますね。
もちろん意味の捉え方によっては自発的・受動的、などといった解釈はあると思います。
けど、なにかしら行動に移していて貢献していますよね。

 

対して志事、志すことくらい誰にでもできることじゃないですか。
もちろん何かを始めるときに目標を決めるのは欠かせないことなのでそういう意味で使われるならいいです。
けど、仕事と言い換えるのはおかしいですよね。

 

前者は何かしら行動している、後者は頭の中で完結してる。
この違いって歴然とした差がありますよね。

 

結構この「志事」というのはカルト系のビジネスセミナーとかで出てくるらしいです。
なのでもし引っかかってしまってこの手の単語が出て来たらこう反論してやりましょう。
「へー、決めて終わりなんですね。ぼくはそこで終わらずに行動に移してるんでぼくの方がリードしてますねww」ってね。

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