自由ってものが存在すると思ってるの?自由を追いかけるより主体的束縛で楽しくしていこう

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みなさんこんな感じの画像リンクをネットサーフィンしてる時に見かけたことありますよね。

「こんな胡散臭いリンクにクリックするやつ誰がおんねん…」って思うじゃないですか。

そんな奴がここにいるんですよ。

はい、4,5年前の私です(笑)

 

この類のリンク経由ではなく、ネットワークビジネスで「自由を手に入れよう」という文言に引っかかって始めてしまいました。

結果辞めた後も含めて3年以上は借金による不自由な生活を強いられました。

 

引っかかった身として振り返ってみて思うのが、何にも縛られない自由というのは存在しないということ。

逆に縛られるものを選択することで日常に面白みが生まれるのだ、という主体的束縛にすべきことを学びました。

 

この記事では

  • 自由を謳う人がどんな人なのか
  • そもそも自由などというものは存在しない
  • だから主体的に縛られるものを選ぶべし

という構成で進めていきます。

 

自由という概念は幻想。自由と思えることも実際には縛りだらけ

さて、そもそも自由という状態はどんな状態でしょうか。

大半の人は「自分のやりたいことをやりたいときにできる」という状態をイメージすると思います。

というわけで、突然ですが明日から地球の真裏、サンパウロに行きたくなったので行くとしましょう。

 

周りの人はうらやましがるでしょう。サンパウロ行は今日決めたのに明日行けるわけですから。

さて、ここで出発に当たってどんなことが出てくるでしょう。

  • 荷物の準備
  • 航空券の手配
  • 離日している期間の予定の調整

はい、この時点でこれだけ面倒ごとをこなさなければなりません。

このように、自由っぽく見えることでも実際には諸々の面倒ごとが付きまとってくるわけです。

だから本当の自由ってのはあるようであり得ない、というわけですね。

 

自由を謳うやつほど見栄を張っている

よく会社辞めましたツイートとか見てると「自由になったぞー!」みたいなのって結構見かけるじゃないですか。

ぼくも会社辞めたことがあるので気持ちはよくわかるのですが、第三者的に見てみると

つちまる
いや、日本社会に縛られてるんだから自由ちゃうやろ

って突っ込みたくなるんですよ。

 

自由に生きているように見える人も裏ではいろんなものに縛られている

最近ではフリーランスという形態で働いてる人が増えていて、そういう人たちの世間一般のイメージって”自由に働いている”って感じだと思うんです。

けど実際は違うはずです。

会社の規則には確かに縛られていませんが、取引顧客との締切日、確定申告などの経理もやらなきゃいけない負担、自分を律しないといけないという自分自身への束縛、などなど

フリーランスも裏では見えない縛りがあるはずです。

ぼくはフリーランスで働いたことは無いので上記は全て聞いた話と想像の範囲ですが、現役フリーランスの方がこれを読んだら「そんなもんじゃない」という声が聞こえてきそうです。

 

ぼくが引っかかったネットワークビジネスもそう。

会社と同じぐらいの手取りをもらったから独立、目指してた自由を手に入れた!

けどアップラインとの付き合い、ダウンラインへのコントロール、離脱するダウンラインに悩まされる、等々自由なようで実際は大変なはずなんですよ。

その境地まで行けなかった人間がいうのもあれですけど。

 

自由を謳うやつほど見栄張って現実を見ていない

そんな状況にあるにもかかわらず「自由にできるんだから最高だろ??」ってドヤ顔して話してるやつって大概虚勢張ってるか目の前の現実から逃げているか、なんですよね。

そして同じように現実から逃げたい人は見えない縛りに気付かずにその人に惹かれて怪しいセミナーだとかネットワークビジネスに引っかかっちゃうわけですよ。

 

そりゃ誰だって自由がいいですよ。気楽だし、楽しそうだし。

だから「自由なんだー!」って見栄張っていれば「あいついいな~」って興味持たれるわけ。

けど実際に自由なんてものが存在するとしたら、それは何の刺激もない退屈な人生になるでしょうね。

 

”何に縛られるか”を選ぶことで日常が充実する

制限されることを主体的に選ぶ

今ぼくは今までの中で一番楽しく社会人生活をしてますが、まあ制限だらけの環境ですよ。

  • 電車が無いから車で通勤しないといけない
  • 出勤時間が決められている
  • 自分がやりたいと思った仕事とはいえ、現状は雑用の時間が多い
  • 収入は名古屋で働いていた時よりも低い
  • 独り暮らしだから家事は全て自分でやる
  • 自分にとって未開の土地だから知り合いなんて誰もいない

などなど、上げたらキリがないくらい沢山あります。

けど、こんなたくさんある制限も別に苦痛に感じたこともないんですよね。

それは自分がこれでもいいや、って主体的に選んだことだから。

 

流石に知り合い誰もいない土地ってのは思った以上に堪えましたが、主体的に選ぶことで制限さえも充実に変わってしまう不思議なんですよね。

車しかないなら運転楽しみながら通勤しよう、通勤時間があるから日常にメリハリ付けられる、などなど自分の中で前向きに変換できちゃうんです。

 

大事なのは自由を求めることではなくどんな縛りなら耐えられるかを見極めること

大事なのは自分がどんな縛りならストレスを感じないか、ということを知ることです。

例えばぼくの場合は新しい土地で過ごすことには抵抗が無いので「転居」という大半の人から見るとハードルに感じることになんとも思わないです。

こんな感じで大半の人にとって苦痛だけど自分が特にストレスを感じないことを知ることが主体的な人生を過ごす第一歩なのではないか、と思います。

 

まとめ

というわけでここまでのまとめです。

  • 本当の自由などというものは存在しない
  • 自由を謳うやつは見栄を張っているか現実逃避してるか
  • 主体的束縛が人生を楽しくする

それでは今日はこの辺で(^^)/